「神の霊が水の面を動いていた」

                  創世記112

                                  水田 雅敏

 

今日から創世記の中の創造物語をご一緒に学んでいきます。

1章の1節にこうあります。「初めに、神は天地を創造された」。

これは、神はこの世界ができる以前から存在し、その神によってこの世界が造られた、という高らかな宣言です。ただし、当たり前のことですが、誰もそれを見た人はいません。ほかのことはともかく、これについては、証人はいません。人間そのものが、まだ誰もいないのですから。

私たちはこの記事をどのようにして読めばよいのでしょうか。

その時、大切なのは、両極端の片寄った読み方を避けることです。

その読み方の一つは、聖書の言葉に誤りはないということを自然科学的なレベルでも適用しようとし、あたかも科学の教科書のような読み方をするものです。

キリスト教の超保守的な信仰を持つ人は、聖書は神が語ったことを人間がそのまますらすら書いた、と信じています。ですから、それに矛盾するかに見える科学、進化論などを否定します。

ダーウィンの進化論が正しいかどうかは別として、少なくとも、聖書がそれに代わる教科書になり得るというのは、どうしても無理がありますし、そうする必要もありません。

そのような理解は、一見、とても信仰的なように見えて、実は、もろい信仰ではないかと思います。自分や他人の中の疑いを封印し、排除して成り立っています。ですから、聖書に書いてあることがそのまま起こったのではないということになると、とたんに信仰そのものを失うことになりかねません。

もう一つの片寄った読み方は、それとは逆に、これを単に古代人の神話と片付けて、合理主義的に理解しようとする読み方です。なぜこういう記事が生まれてきたのか、その背景には何があったのか、それを人間的なレベルで読もうとするのです。考古学的、社会学的、文学的な意味を分析することは上手なのですが、そこから神の啓示を聞こうとはしないのです。単に人間の文化が生み出したものということで終わってしまい、神の言葉として読まないのです。

創世記の1章が書かれたのは、紀元前6世紀頃だといわれます。それは、北イスラエル、南ユダの国が滅び、都エルサレムがバビロンによって崩壊し、おもだった人々はバビロニアへと連れて行かれた時代、バビロン捕囚の時代です。

当時のバビロニアには様々な天地創造の神話がありました。その中には紀元前7世紀の図書館の跡から発掘された粘土板に書かれているものもありました。学者によると、その神話とこの創世記の1章がとても似ているということです。つまり、聖書の創造の記事は、それよりも古い創造の神話の影響のもとに成立している、ということがいえるのです。

ところが、よく比べてみると、決定的な違いがあります。バビロニアの天地創造の神話のほうは多神教ですから、神々と怪物の戦いを通して天地が創造されていきます。その点が違うのです。

当時、バビロニアでは壮大な祭りが行われていました。新年の祭りでは天地創造の神話が演出されました。巨大な神々の威風堂々たる行列を見て、おそらく、捕虜であったイスラエルの民は、力の差を見せつけられ、圧倒される思いがしたことでしょう。戦いに敗れて捕虜となった彼らには、それはイスラエルの神の敗北のように思えたかもしれません。

そうしたバビロニアにおいて、この創世記の記事が書かれていったということ、そこには大きな意味があると思います。つまり、バビロニアの神々の創造神話の材料を用いながら、「いや、違う」という思いで、それに抵抗し、対決するようにして、創世記の天地創造の記事が書かれていったのです。それは、イスラエルの民にとっては、自分たちの存在を否定され、笑い飛ばされかねないような状況の中における信仰の戦いであり、信仰の宣言でした。「初めに、神は天地を創造された」。

私たちも、そうした彼らの信仰の宣言に応答するように「アーメン」と言いつつ、この言葉を読みたいと思います。

今日の私たちの世界も、当時のバビロニアとは違った意味かもしれませんが、神がこの世界を造られたということを無視し、否定し、一笑に付すような力に取り囲まれています。創造主なる神に対する恐れがありません。科学もまた、神を必要とせず、人間の力だけでやっているように見えます。よき支配者がいないのであれば、自分が秩序を守らなければならない、自分が悪いやつをやっつけなければならない、すぐに自分が、そして自分の国が支配者になろうとします。そこで、逆に、抑圧や迫害が起き、不信感が増し、戦争が起きてくるのではないでしょうか。

「初めに、神は天地を創造された」。私たちはすべてのことをここから始めなければなりません。

2節にこうあります。「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」。

この2節が示していることは、無からの創造ではなくて、創造の初めに、既に水のようなものがあって、神がその混沌に御自分の霊を注ぎ込んで、秩序あるものにしたということです。

先ほど言いましたように、創世記の創造の記事はバビロン捕囚の時代に成立しました。それは、形なく、むなしく、まさしく混沌のような状態でした。そういう状態からでも、神は秩序を創造されるという信仰が、ここに映し出されているのです。

「神の霊が水の面を動いていた」。口語訳聖書では「神の霊が水のおもてをおおっていた」と訳されています。神の霊が水のおもてを覆いながら動いているのです。これから何かが起ころうとしている、その直前の状態です。

この情景から、私たちは、もう一つ、別の情景を思い描くことができます。それはペンテコステ、あるいはペンテコステ前夜の情景です。

使徒言行録の2章の1節から2節にこうあります。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた」。

ペンテコステの出来事が起きる前に、天の上では既に、激しい嵐のように、神の霊が弟子たちの上を覆い動いていたのです。

主イエスは復活されたあと、再び弟子たちの目の前から姿を消されました。

弟子たちの心は揺れ動いていました。主イエスは本当に復活されたのだろうか。あれはやっぱり夢か幻ではなかったのか。この先われわれはいったいどうなるのだろう。いつまでこんなことをしているのだろうか。早く目を覚まして、見切りをつけて、もとの生活に戻ったほうがいいのではないか。

弟子たちの心の中には、どうしようもない空しさが広がっていたのではないでしょうか。混沌とした状況に陥りかけていたのではないでしょうか。あのバビロン捕囚の時のイスラエルの民と同じです。その気持ちをかき消すようにして、心を一つにして、信仰を奮い起こすために、一同で共に祈っていたのです。

神は、その祈りに応え、混沌としたものを形あるものとするために、言葉を換えれば、教会を創造するために、神の霊、聖霊を注がれたのです。

今日の私たちも神の霊を必要としています。聖霊が私たちに命を与え、私たちを新しいものに造り変えるのです。

私たちは今日、この世界が天地を造られる以前から神の霊に覆われていたということを聞きました。これは福音です。喜ばしい訪れです。神の霊は、天地創造のあとはどこかへ吹き飛んでしまったというのではありません。今も神の霊がこの世界を覆い、この世界の上を激しく駆け巡っているのです。

私たちの世界は別の霊に覆われているように見えます。虚無の霊、偽りの霊、いさかいの霊、臆病の霊、恐れの霊。そういう悪しき霊が、あたかも私たちを支配しているように見えます。しかし、そうではありません。その上では聖霊が世界を覆っているのです。

今、私たちに必要なこと、それは、この神の霊に、地上まで降りてきてくださいと祈ることです。祈りはキリスト者の最も大切な仕事です。私たちも、初代のキリスト者たちのように、聖霊を受けて、燃え上がるような熱い信仰の経験をしたいと思います。喜んで神の仕事ができる人間になりたいと思います。そして、聖霊によって歩む教会になりたいと思います。

 

私たちには不可能に見えることであっても、神には可能です。神は混沌から秩序を生み出すお方です。神の霊が降るよう、私たちも共に祈りたいと思います。